医療ツーリズムの全貌を知る
― 国内外の動きと 注目されている理由に迫る ―
高度な医療技術を求めて国境を越える患者、そして治療と癒しを兼ねた旅を楽しむ人々——
医療ツーリズムは、健康と観光を融合した新たな産業として注目を集めています。
治療費の削減や先進医療へのアクセスを求め、世界中の人々が移動するこの分野は、年々その市場規模を拡大しています。アジアやヨーロッパをはじめ、さまざまな国が医療ツーリズムを取り込んだ観光政策を推進する中、日本もまた、高度医療とホスピタリティを活かした新たな可能性を模索しています。
本記事では、医療ツーリズムの現状や成功事例、そして未来に向けた課題と展望について探ります。
目次
1. 医療ツーリズムとは
‐ 目的と背景
‐ 注目されている理由
‐ メリット
2. 日本国内の状況と海外の動き
‐ 日本国内の状況
‐ 世界の動き
3. 国内事例の紹介
‐ 国内事例①:愛知県の取り組み
1. 医療ツーリズムとは
医療ツーリズム(Medical Tourism)は、健康診断や治療を目的として国境を越えて移動する観光活動を指します。医療先進国で高度な医療を受けたい人や、コストの低い国で治療を求める人々が主な対象です。世界の医療ツーリズム市場は年々拡大しており、2023年時点では約800億ドル規模とされています。この成長の背景には、高度な医療技術、費用値効果、そして観光との相乗効果があります。
医療ツーリズムの範囲は幅広く、美容整形から高度医療、健康診断、ウェルネスプログラムに至るまで多岐にわたります。特に近年では、遠隔医療の普及やウェルネス志向の高まりにより、医療サービスと観光を融合させた新たな価値が注目されています。
目的・背景
医療ツーリズムの需要を支える理由として、大きく以下の4つが挙げられます。
1)安価な医療費
アジア諸国では、治療費が先進国の半分以下になる場合もあり、多くの人がコスト削減を目的に訪れています。
2)高度な医療技術
日本やスイスなど、高度医療技術を持つ国々は特に人気です。がん治療や再生医療など、世界的にも注目される分野が豊富にあります。
3)プライバシー保護
美容整形や特殊な医療を他国で受けることで、プライバシーを確保しやすい環境が整っています。
4)観光×医療の融合
治療後に観光を楽しむことができる点も、医療ツーリズムならではの魅力です。"治療と癒し" の体験といえるでしょう。例えば、タイでは治療後にリゾート地で癒しを提供するスパ施設が人気です。
注目されている理由
国境を越えることでアクセス可能となる高度医療技術。日本では、外国人患者ががん治療や再生医療を求め、東京の病院を訪れるケースが増加しています。
・国によるインバウンド政策
日本をはじめ、タイやシンガポールでは、医療ツーリズムをインバウンド需要の柱と位置づけ、政策を推進しています。
・観光地との相乗効果
国によるインバウンド観光政策の一環で、医療施設と観光地が連携し、治療と観光を一体化したサービスを提供することができます。例えば、スイスではウェルネスと美容医療を組み合わせたプログラムが富裕層を惹きつけています。
メリット
医療ツーリズムを受ける側も受け入れる側も、それぞれメリットがあります。
・患者にとって:
高品質な医療を比較的低コストで受けられるだけでなく、治療を通じた付加価値体験(観光やリラクゼーション)を享受できます。
・医療機関にとって:
新たな収益源を確保でき、さらに国際的な評価を高めるきっかけとなります。
・地域経済にとって:
医療観光は観光産業を支えるだけでなく、雇用の創出や地域の活性化にも寄与します。
2. 日本国内の状況と海外の動き
日本国内の状況
日本では今、波が来ているインバウンド需要を積極的に取り込み、医療ツーリズムを促進する政策を進めています。特に、がん治療や再生医療といった高度な医療技術や丁寧な医療サービスが、外国人患者から注目を集めています。
・市場規模
2022年度の推計では500億円を超え、2023年には約3,000億円に達したとされています。
世界に目を向けると、医療ツーリズムは、2025年までに年平均成長率15%で拡大し、1,200億ドルに達すると予測されています。(出典:Grand View Research)
・主要サービス
健康診断、美容医療、高度医療(がん治療、再生医療)などが人気を博しています。
・課題
多言語対応の遅れ、診療体制のキャパシティ、医療機関間の連携不足、認知度向上の必要性が挙げられます。
2023年の調査では、日本の医療機関の多言語対応率は全体の約20%にとどまることが明らかになっています。(出典:日本医療ツーリズム協会)
世界の動き
世界の医療ツーリズム市場を牽引する国々では、それぞれ国ごとの特性や政策に基づいて独自のサービスが展開されています。
・タイ
世界屈指の美容整形とリゾート施設を組み合わせた医療ツーリズムを提供。政府が「Amazing Thailand Health & Wellness」プロモーションを実施し、観光と医療を融合したサービスを展開しています。2023年だけで100万人以上の医療観光客を獲得しており、まさに成功事例といえるでしょう。特に美容整形や健康診断が人気で、治療後に楽しめるスパやリゾート施設が魅力。医療施設と観光地の連携が進んでいます。
首都バンコクでは、手術後のリカバリー期間中に滞在できる豪華なスパ施設が多数併設されており、観光客に「治療」と「癒し」の両方を提供しています。
・インド
心臓手術や整形外科手術など高度医療の分野で注目されています。低コストでありながら、先進的な技術を提供する点が魅力です。特に、AIを活用した診断技術や、米国認定の医療施設が外国人患者から高い評価を受けています。また、アーユルヴェーダやヨガといった伝統医療とモダン医療を融合させたウェルネスプログラムも提供され、多様な患者層を惹きつけています。
・シンガポール
政府主導で医療ツーリズムを促進しています。特に、がん治療や移植医療の分野で世界的な評価を得ており、医療施設の多くが国際認証を受けています。また、国全体が清潔で安全な環境を提供しており、富裕層やビジネスエリート層に支持されています。
・スイス
ラグジュアリーな美容医療とウェルネスを組み合わせた高級サービスを提供していることで知られています。富裕層をターゲットにした高級医療施設では、個別化されたプログラムや、治療後のリラクゼーションが提供されます。さらに、アルプス山脈の雄大な景色を楽しみながら、心身を癒す体験ができる点が大きな魅力です。
・アラブ首長国連邦(UAE)
特にドバイは、医療ツーリズムを国の戦略的な成長分野であると位置づけています。世界的に著名な医療機関との提携や、最先端の美容医療施設を活用したプロモーション活動が功を奏しています。中東諸国のみならず、ヨーロッパやアフリカからの患者が多く訪れている状況です。
3. 国内事例の紹介
国内事例①:愛知県の取り組み
愛知県は、先進医療技術と観光地を組み合わせたモデルケースとして注目されています。近年では、医療ツーリズムを活用した地域活性化を目指し、外国人患者を積極的に受け入れています。
1)プログラムの紹介
外国人患者が地域に滞在しながら最先端の医療を受けられる体制を整えています。
特に注目されているのが、以下のプログラムです。
・高度医療パッケージ
がん治療、健診パッケージ、再生医療といった、高度医療サービスを受けられる特別プログラムを提供しています。
・観光連携プログラム
患者やその家族が観光を楽しめるツアーを企画。治療の合間やリカバリー期間中に、名古屋城や犬山城などといった、歴史や文化を感じられるスポットを訪れるツアーが組み込まれています。これにより、患者やその家族が観光を楽しみつつ、地域経済にも寄与します。
2)多言語対応の強化
愛知県の医療機関では、多言語対応のスタッフや医療通訳者を配置し、外国人患者の受け入れ環境を整備しています。また、診療内容や治療方針の説明資料を英語や中国語で提供するなど、患者が安心して治療を受けられる仕組みを構築しています。
3)地域医療機関との連携
愛知県内の病院やクリニックが連携し、地域全体で医療ツーリズムを支える体制を構築しています。これにより、患者のニーズに合わせた包括的なサービス提供が可能となっています。
国内事例②:藤田医科大学病院の最先端技術
愛知県豊明市に位置する藤田医科大学病院は、診療科が26科、病床数1376床と単独の医療施設では日本最多。基幹病院として地域医療にも貢献していますが、実は日本の医療ツーリズムを牽引する先進的な取り組みも行っています。特に高度医療技術を活用した治療や多国籍な患者受け入れ体制の整備において、国内外で高く評価されています。
1)高度医療技術の提供
最先端の医療設備と専門家による高度医療を提供しています。特に以下の治療分野が注目されています:
・がん治療
がん治療の分野で最先端の「重粒子線治療」を提供しています。この治療法は、正常組織への影響を最小限に抑えつつ、がん細胞に高いエネルギーを集中させることが可能な画期的な技術です。難治性がんや手術が困難ながんに有効でありながら治療期間が短縮される点も、患者の負担軽減につながっています。
・再生医療
自己組織や幹細胞を活用した治療で、難治性疾患や老化予防の分野で成果を上げています。
・ロボット支援手術
ロボット支援手術は、今までの内視鏡下手術の利点をさらに向上させうる、次世代の医療革新の一端を担った分野です。急速に普及が進む手術支援ロボット「ダビンチ」を導入し、高精度かつ低侵襲の外科手術を実現しています。
2)多言語対応と患者サポート
外国人患者がスムーズに治療を受けられるよう、多言語対応のサポートを強化しています。以下の取り組みが評価されています:
・多言語通訳サービス
英語、中国語、アラビア語を含む数カ国語に対応した医療通訳が常駐しています。
・国際患者センター
外国人患者が円滑に治療を受けられるよう、あらゆる面でサポートを提供する専門窓口です。診療予約、治療計画の説明、手続きなどをサポートします。特に、医療費や治療スケジュールについては、患者の国ごとの事情に配慮し、個別に対応。多言語で丁寧に説明し、患者が安心して治療に専念できる体制を整備しています。
・治療前後の生活支援
治療前後の身体ケアや、心理的な支援も充実しており、外国人患者にとって安心して受けられる治療環境が整っています。
患者とその家族の滞在先手配や、観光プログラムの提案だけでなく、病院内での言語的な不安を軽減するため、常にサポートスタッフが同行。患者が母国に戻った後のフォローアップについても、現地の医療機関と連携して支援を継続。国際的な医療ネットワークの構築が進められています。
3)観光プログラム
藤田医科大学は、愛知県の観光地と連携した医療ツーリズムプログラムも提供しています。治療後のリカバリー期間中には、以下のような観光体験が可能です。
・名古屋城の歴史散策:日本文化の体験を通じて心身をリフレッシュ。
・犬山温泉での宿泊:治療後の静養に適した環境で、患者に癒しを提供。 …など
4)医療ツーリズムの可能性と藤田医科大学病院の役割
藤田医科大学病院・国際医療センター事務部 部長 村上 智紀氏に伺いました。
・医療ツーリズムにおける藤田医科大学病院の歩み
「愛知県には、トヨタ自動車の関連会社が多く点在しており、そこで働く外国人労働者やその家族を長年患者として受け入れてきた歴史があります。こうした経験が、現在の医療ツーリズムの取り組みにつながっています。」
村上氏によると、藤田医科大学病院が本格的に医療渡航者を受け入れるようになったのは、2015年頃からだといいます。当時、訪日旅行者の増加が進む中、医療ツーリズムも徐々に注目されるようになりました。
「在留外国人に医療を提供してきたノウハウがあったため、渡航者の受け入れにも柔軟に対応できました。初めは数人程度だった渡航者が、コロナ禍前の2019年には700人ほどに達しました。」
・医療ツーリズムの将来と展望
藤田医科大学病院では、医療渡航者の受け入れ体制を年々強化しています。具体的には、通訳スタッフが院内案内も兼ねることで、患者がより安心して治療を受けられる環境を整えています。
「来日前の医療相談や診療情報のやり取りといった流れは、当院の先端医療研究センターでも取り入れています。このセンターと病院本体が一体となることで、渡航者の多様な医療ニーズに応えています。」
今後の展望について、村上氏は次のように語ります。
「国際社会の発展に寄与し、世界に開かれた医療提供体制を作り上げることが重要です。特に医療ツーリズムの分野では、国際協力がカギとなります。当院では、来日患者の治療に対する期待を最大限に受けとめ、質の高い医療を提供していきます。」
これらの取り組みを通じて、藤田医科大学は愛知県のみならず、日本の医療ツーリズムの中核として、国際的な役割を果たしています。
◆取材協力・問い合わせ先
藤田医科大学病院 https://hospital.fujita-hu.ac.jp/
医療ツーリズムの今後 / 未来
このように、世界中で注目されている医療ツーリズムは、医療技術の進化と観光資源の活用によって更なる発展が期待されています。観光業と医療業界双方の未来を切り開く重要なキーワードです。今後の可能性として以下が挙げられます:
・デジタル技術の活用
遠隔診療やAI診断が普及し、より効率的で便利な医療サービスが期待されます。
・持続可能な観光
環境に配慮した医療観光プログラムの導入が進むと予想されます。
・グローバル化(国際協力の拡大)
医療基準の統一化により、国際間での患者移動がよりスムーズになることが期待されています。
医療ツーリズムは、多くの可能性を秘めた分野です。医療、観光、行政が一体となり、質の高いサービスを提供することで、国際競争力を高めることができます。今こそ、日本の観光と医療を世界に発信する大きなチャンスです。業界全体で協力し、世界中の患者に最高の体験を提供して、持続的な成長を目指していきましょう。
展示会に関する情報
第3回 [国際]ウェルネスツーリズム EXPO
会期: 2025年6月25日(水)~27日(金)
会場: 東京ビッグサイト
主催: RX Japan株式会社
同時開催展: 第2回 観光DX・マーケティングEXPO